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ノイズと能

先日、プロの能楽師の安田登さんによる、「能」のレクチャーを受講した。

自然物の一要素としての人間、人間と芸能、ノイズと芸能(儀式)、について、とても深い示唆を受けたので、印象に残ったフレーズを、自分のメモとしてここに記しておく。
ちなみに、その時はメモをあまり取らなく、自分の記憶を頼りに書いており、文責は全て私にある。

・能にノイズは不可欠
 → 声の出し方はキレイな声の出し方では無く、わざとノイズが入るようにしている。能管もそうで、通常、ああいう笛は、その仕組み上、強い息でオクターブ上の音が出るようになっているが、能管は、わざとオクターブ上の音が出ないような仕組みになっている。笛を吹ける受講者が能管を初めて吹いたところ、「意図せず強い音が出てしまう」と言っていた。
 → 能は本来儀礼であり、自然や霊に呼びかけるためには、キレイな音ではなく、やはりノイズがかった音が必要なのだそうだ。(そのため、ノイズ合唱団の話をしたら、とても興味を持たれ、皆既日食の日、慰霊のためのコンサートを企画するので、それに出ませんかとオファーを頂いた。随分随分先の話だけれども)

・能は自然に影響を与える
 → 現在のプロの能楽師のほとんどは意識していないが、能の動きや音には全て「陰」「陽」の対になっている。つまり、舞で前に出る動作(陽)があれば、必ず下がる動き(陰)が伴う。小鼓でいえば、「ヨー」という掛け声は「陽」で、「ホーッ」は「陰」。小鼓と大鼓の存在や動きも陰陽の対をなしている。
 → なぜ全体的に陰陽が配置されているかというと、それは演者やその場の陰陽を整えるため。だから、もしその場の天の陰陽が崩れているがために日照りが続いているならば、能が行われている場や演者の整った陰陽が天に影響して、雨が降る必要があれば雨が降り出すという。だから、実際に薪能(たきぎのう。薪を燃やし、それを照明にして行う能)が行われると雨がよく降る。(超自然現象的だが、人間も自然の一部だから、人間側が自然に影響を与えてもおかしくはない、と僕は思った)
 → こういう、陰陽の儀式で天に影響を与えることは、能に限らず、古くは中国の古文献に沢山例があるそうだ。

・能を見ながら寝るのは良い事のウソ
 → 能は儀式なので、演者と同じように、「コミ」を入れながら見るべき。
 → 「コミ」とは、何かの動作を行う前の、「気」を丹田に入れること。能の譜には、「コミ」を入れる箇所の指示が書いてある。演者同士がコミを意識する事によって、相手を全く見ずに、テンポの速さや、ブレイク、開始を合わせることができる。(道成寺という演目では、乱拍子と呼ばれるリズム(?)が終始使われている、そのブレイクの感覚は20~30秒と非常に長いが、演奏者と舞手は「同時に」演奏と舞を開始する。)

・芸能と民族
 → その民族を支配する効率の良い方法は、その民族特有の芸能を根絶やしにすること。そうすると、その民族のアイデンティティーが無くなり、占領しやすくなる。
 → 中国の古代文献には、他民族の芸能を見て、死にそうになった、という記述がある。芸能には、それだけの力が存在する、という事。

他にも何かあった気がするが、それは思い出したらまた書き足していくことにします。

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