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備忘録;東京国際音響詩フェスに行ってきた 初日

イベント詳細
http://www.purple.dti.ne.jp/naya/SPF/

明日8日も開催され、内容はパフォーマンス中心を予定しているそう。
現在進行形の詩の最前衛を見たい人はマスト!

■大前提
・ワタシはいわゆるアートの素人なので、以下の記述は、
 ワタシが聞き取った内容の箇条書きなので、間違っている可能性が多々あります。
・興味あるヒトは自分で色々調べてね。


■音響詩とは
・「言葉をモノとして捉える芸術概念、運動」
・紙に書かれた状態の「視覚詩」と、それを声に出して読む「音響詩」の2種類存在する
・ヨーロッパの芸術家ではだれでも知っているが、日本ではほとんど知られていない
・現在では、他のジャンルとの境界は非常に曖昧になっている
・このフェスでは、何かの作品に付随する作品ではなく、それそのものの表現として、
 または、音楽の拡張した概念としての即興ボイスパフォーマンスもあえて扱わない。

・未来派宣言のマリネッティ、ダダの創始者はいずれも詩人(!)
・これらのいわゆるアヴァンギャルド表現は詩から始まっている

以下、イベント公式サイトより引用
『20世紀の前衛芸術の幕開けを告げた1909年の未来派宣言が詩人であるF.T.マリネッティの起草により、ダダイズムの中核が詩人のトリスタン・ツァラ、フーゴー・バルによって担われた事実からも明白なように、アヴァンギャルドの起点を担ったのは詩でした。その後、詩が美術や音楽といった他のジャンルと合流し触発しあうことで、新しい芸術運動がうまれ発展してきました。

 しかしながら詩が音楽と結びついた時にうまれた音響詩、美術と結びついた視覚詩などの実践は、日本では各ジャンル間の深い断絶と互いの無知、近代文学が叙情から離脱できなかったという理由によって、かろうじて西洋美術史の1コマとして言及されるに過ぎません。ところが、視覚詩、音響詩のルーツともいえる、エズラ・パウンドのイマジズムに与えたフェノロサ経由の日本の文字文化のインパクト、またブラジルにおける実験詩のグループ、ノイガンドレスが、書道を始めとするブラジル日本人コミュニティの文化からそのアイデアを得ていることなど、日本文化が視覚詩、音響詩に与えた影響は多大なものがあります。また日本のダダイズムにあたるMAVOでの1920年代の作例や、新国誠一による1960年代の実験も満足な継承をみなかった現状に対して、その鉱脈を掘り起こし現代の芸術実践と接続することは、重要なことがらです。

 これは日本で初めて音響詩に焦点をあてたフェスティヴァルです。過去のものではなく、現代文化の実践としての音響詩は、多言語話者の拡大、芸術分野におけるコンピュータ、エレクトロニクスの使用の発展にともなって、音楽、文学、メディア・アートを巻き込んだ運動として認知されるに足る実績を持ちます。その運動をパフォーマンス、トーク、シンポジウムを通して多角的に解き明かします』

・初期の音響詩は、擬音的だったり、意味を感じさせたり、所謂古典的な詩の範疇から離れきれてないが、クルト・シュビッターズのUrrSonateからは、意味を完全に離脱。

 http://www.ubu.com/sound/ursonate.html

・ヒデ・キノシタ(キノシタシュウイチロウ)
  三科、日本の未来派の中心的人物
  1920年代に、ロシア人ダダイストの影響で、日本発の音響詩作品を発表

・北園克栄
  戦前からモダニズム詩人として活躍
  朗読が嫌いだった(戦意高揚詩をやらされたから?)
  プラスティックポエム
   写真を詩として提示(紙とペンだけでない、立体的な詩作の可能性)

・Isidore Isou
Lettrismという運動の中心人物?
 新しい音素を生み出した
 ワタシのお気に入りはのの"Isou performed by Francois Dufrene "
 http://ubumexico.centro.org.mx/sound/isou_isidore/poemes_letteristes/Isou-Isidore_14.isoudufrene.mp3

・ジル・ウルマンのパフォーマンス
  息が出るレベルで言葉を捉える
  ・状況主義へと繋がる
  ・オノヨーコと同世代

・ノイガンドレス
  ブラジルの、イマジズムの発展的継承グループ
  ・フェノロサが、イマジズムの中心的人物「エズラ・パウンド」に日本の漢字を伝えた
  ・ノイガンドレスは、地元サンパウロの日系移民から感じを習う
 → 音響詩には、実は日本の文化の影響も大きい

・1960 音響詩の国際的な運動
  日本では、新国誠一
  フルクサスとも関わりが出る

・ディクビギンズ
  マルチメディアに対して、分離が出来ないという意味のインターメディアという定義を音響詩に与える?

・アンリ・ショパン henri chopin
 現在の音響詩の形を作ったヒト
 60年代の実験詩の中心的存在
 録音した詩の朗読作品
  「テクノロジーが変わった(紙と鉛筆がマイクとテープレコーダーになった)だけで、詩作をするという行為には何ら変わりない」

・NIPAFでは、海外の音響詩人がパフォーマンスしている

・スズキシロヤス
  1950年代に、音響詩の存在を知らず、非常に似たコンセプトの作品を発表

・新国誠一
  視覚詩で一部知られていたが、近年、録音された音響詩が見つかった。
  本人は、音楽コンテクストからの影響があった言っている
  
  当日のシンポジウムに参加した詩人であり、音響詩研究をしている「松井茂」氏曰く、
   戦前?戦中戦後のラジオでは、詩の朗読が一般的で、その影響も大きかったのでは、という指摘
   前述の新国誠一は萩原朔太郎に心酔しており、その萩原の作品はラジオで流れていた。(萩原自身が朗読していた?)

・シオミヨウコ
  音大出の作曲家。フルクサスの影響を受けたパフォーマンス作品あり

・音響詩発展の理由
  マスメディア(新聞などの印刷メディア、ラジオ・テレビなどの放送文化)の発達の影響が大きい

・日本での詩の朗読文化の歴史
  戦中の戦意高揚詩への反動からか、詩の朗読はあまりされなくなる。
  谷川俊太郎が渡米し、ビートに影響され、帰国後、朗読をし始める

  谷川俊太郎、武満徹が、ラジオやテレビで共作
   ex)アイのボーカリゼーション?
  寺山修司、湯浅穣治も同様 
  
  → 音楽(現代音楽)と詩とテクノロジーの融合

  現在のネット社会でも、表現に向かわずに、コミュニケーションツールになる傾向
  ほとんどのヒトが音素レベルまでいかない。
 
  例外) 芳賀徹 足立と同世代。現在は活動していない。

・音響詩が視覚詩より日本で根付いていない理由
  良く分かっていないが、良いパフォーマーがいなかったからか?

・方法
  ナカザワヒデキ、松井茂、足立などが参加していたグループ
 
・ubuweb http://ubu.com
  膨大な量のアーカイブ。元々は視覚詩、音響詩のデータベースがスタート

・音響詩のグローバル性
  意味が無いので、どこでもやれる

・ヨルグ・ピーリンガー
  Kosonantというiphoneアプリ
   CDという形式での作品発表をしたくなかったので、アプリという形をとった
http://vimeo.com/38498615

・Amanda Stewart
https://www.youtube.com/watch?v=6m9YDh4aZRA

■その他
「言葉による定義はいつでも暴力的である」by足立智美

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