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映画「立川談志」を見て

http://cinemarakugo-danshi.blogspot.jp/

数年前、落語好きの知人から、落語本(「この落語家を聞け」)や、古今亭志ん朝のDVD-BOXを借りてから、俄然落語に興味が出てきて、実際に立川流や、前述の本で取り上げられるような落語家の高座を見に行く機会が増えた。

 『この落語家を聞け』
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 『落語研究会 古今亭志ん朝 全集』
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同じ声を使うステージパフォーマーとして、落語の話芸は、
日本語を使う芸としては、今までに知ったどのスキルよりも理に適っていて、
実際に自分のパフォーマンスで使うにあたり、
伝統芸能の強度を身をもってしるコトが出来た。


こういった体験の中で、常に一番気になる落語家が「立川談志」だった。

音楽家「菊地成孔」さんが、自分への影響の大きさから、

自身が好きなアーティストを「~大学」、具体的には「マイルスデイビス大学」「ゴダール大学」という表現を使っているが、


ワタシにとって談志は、知れば知るほど、「談志大学」という表現を使いたくなるほど、いつも大きな影響を受ける。

残念ながら談志は昨年亡くなり、もう生で見るコトは出来なくなってしまったが、

今回、ドキュメンタリー映画が上映されるというコトで、

前売り券を劇場で購入し(特典として、談志の文字のステッカーを貰い早速その一つをスマホの裏に貼った)、

先日見に行った。

以下はその時のメモである。

・『笑いは手段で目的ではない』

・現代のオタクというのは、伝統を保存したがる元々の日本人の気質によるモノなのかも
 → 自分で書いて何を言いたいのかイマイチ思い出せず。

・イリュージョン川柳や、「らくだ」の支離滅裂な内容は、テキストでもありそうなので、是非朗読してみたい。

・コラージュやシュールという、既成の概念を一切使わず、自分の言葉・感覚だけで語るのは、とても困難だが、それが出来るヒトは強いし、潔い。

・先日のtonesでも感じたコトだが、視覚情報は集中の邪魔をするのを、今回の上映を見るにつけ感じた。

・高座で話している時の身体の感覚はどうなのだろうか?人物描写の切り替えが早すぎて、全く想像できない

・「やかん」という噺のやり取りはどこまでアドリブなのだろうか?

・パンフに文章を寄せているキッチュこと松尾 貴史も書いているが、「やかん」でのやり取りは、見方によっては、抽象思考落語ともいえる、非常に深い哲学的内容にも感じれる。

・『理解から感じるへ』

・晩年の高座、出来は良いのだが喉の調子はあまり良く無い、は、噺の途中で喉の不調が酷く、それが語り、身体全体からくる勢いに現れ、見てて辛い時もあった。が、最後の方はどんどん活き活きとしてきて、噺が終わった後の充実した感じはとても印象的

・上手い噺家は、呼吸が自然で、どこで呼吸しているか全く感じさせない。談志も当然ながら自然だった。

・古典を確実にマスターし、その要をしっかり掴んだ後は、その要をベースに、理論と感覚の両方でもって、古典の内容を改変したり、アドリブを多用するそのスタイルにワタシは惚れたんだろうな。


・劇場で販売していた映画のパンフレットで印象に残った文章。
『私の夢にはまだ一度も出てこない。それは談志が私の中に生きているから』
『談志は優しすぎるから人への期待値が高い。それが怒るという形として出る』


ああ。談志の出した全ての本と全てのCD、全てのDVDを見たい。

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