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声をよくするために自分を面白がる?

先日の足立智美さんレクチャーで気づいたこと

先日の足立智美さんレクチャーでの参加者の様子を見て気づいた

足立さんのレクチャーは知的好奇心を大いに刺激する内容で、

参加者は、知的興奮故に、目はもちろんのこと、姿勢も前のめり気味で、
身体がまとまっている感じだった。

知的かそうでないかに限らず、興奮は状態に進入することに近いのかもしれない。

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私の発声の肝は、身体のまとまりだ。

自然に発声すると、身体は自然とまとまる。

逆に言えば、自然な発声のためには、身体のまとまりが必要だと思われる。

そして、それには身体への注目が大事だ。

面白いことに、ある注目の仕方をすると、身体は注目に対して反応する。

それは感覚や動きなどに現れる。

そして、注目の解像度が荒いと、荒いなりの反応が起きる。

解像度が細かいと、細かい箇所が反応する。

解像度が細かくなっていくと、今まで起きなかった感覚や行為といった反応が起きる場合がある。

これは自分に潜んでいた能力が現れると言い換えることができるが、
実に楽しい。

解像度を細かくするには、定期的に自分の身体を注目する習慣が必要になる。

だが、意識的にせよ、無意識的にせよ、自分の事が嫌いだと、
注目は苦痛だ。

すると、注目自体ができなくなる。

そこで大事なのは、自分の身体

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